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      <description></description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2009</copyright>
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            <item>
         <title> PHS・カード型</title>
         <description><![CDATA[PHSの場合は、一部事業者の一部機種では携帯電話と遜色ないか、あるいは競合し、あるいは凌駕している点があり、その点で広義の「ケータイ」に含めてもさほど問題は無いと考えられる。
結局のところ、「クルマ」と言えば法令上の乗用の四輪または三輪の普通自動車・小型自動車・軽自動車を指すのであり、「バイク」と言えば法令上の二輪の自動車・軽自動車と原動機付自転車を指すのである。ここまで考えると、「ケータイ」と法令上の携帯電話・PHSとの関係性も自ずから再定義されるものと考える。

ただし、カード型のデータ通信専用PHS端末（いわゆるPCカード・CFカードだけでなく、SDカードやUSB接続型もある）を「ケータイ」と呼んで良いかは疑問だし、カード型のデータ通信専用携帯電話端末も存在する。これも「ケータイ」とは呼べないだろう（ついでに、カード型端末でも、PDAやノートPCと組み合わせて、携帯電話・PHS本来の音声通話が可能な機種も存する）。
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PHSは当初、法令上「簡易型携帯電話」とされ、後に「PHS」に改められた経緯があり、更に少なからぬマスコミが今もなお「PHS（簡易型携帯電話）」と廃止名称をわざわざ表記するなど、紆余曲折が多少ある。
PDA（携帯情報端末）については携帯電話・PHSの本来の音声通話機能は持たない物が多いものの（そもそも通信機能はPDAには包含されないが）、携帯電話・PHS自体がPDAの機能を包含しようとしており、境界が曖昧になっている面がある（むしろ本来のPDA側が浸食されている部分も大きい）。
もっとも、一般的な認知度から言えばPDAは「ケータイ」と言うよりはむしろ「モバイル」であろう。]]></description>
         <link>http://belnom.sdkpch.biz/2009/12/phs.html</link>
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         <pubDate>Tue, 08 Dec 2009 01:56:50 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第一次大戦は日露戦争以上の塹壕戦が</title>
         <description><![CDATA[第一次大戦は日露戦争以上の塹壕戦が特徴であり、西部戦線においてスイスから北海に至る長大な前線に張り巡らされた塹壕の総延長は40,000kmに達した。これは、日露戦争でもその威力を発揮した「機関銃」の普及により、砲兵による攻撃準備射撃と歩兵の突撃という従来の戦術では敵陣地突破が困難になったためである。その防御火力は絶大で、「1挺の機関銃が1個大隊の突撃を阻止する」と言われたほどであった。

攻撃前にどれほど砲弾の雨を降らせても塹壕内に伏在する機関銃を完全に排除することはできず、戦線は長期にわたって膠着状態に陥り、交戦する両陣営ともに敵の機関銃陣地を沈黙させることが最重要目標の一つとなった。そこで、砲兵による攻撃の後は、前進する最前線の部隊が敵の機関銃を発見次第に近傍から直接攻撃して破壊する方法がとられることになる。
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その結果、協商国側では「ストークス・モーター」、同盟国側では「ミーネンヴェルファー」という二つの小型曲射砲が誕生する。ミーネンヴェルファーは直訳すると「爆薬投射機（mine launcher）」で、大きな仰角をとることが可能な小型で精密な曲射砲である。一方、ストークス・モーターは現代の迫撃砲と同じ構造の簡易曲射砲であった。いずれも従来の砲とは異なり小型軽量だが、特にストークス・モーターはかなり狭隘な塹壕内でも設置できるほどコンパクトな上、僅か数名の兵員で携行・操作できた。

ミーネンヴェルファーもストークス・モーターも塹壕戦を契機として誕生した砲だが、ストークス・モーターは塹壕戦に留まらず歩兵の直協支援火器として以後も更に発展し、それとは逆にミーネンヴェルファーは第一次大戦後に廃れていった。これは、ストークス・モーターの方が簡易な構造で生産が容易であり、軽量で扱い易く歩兵が直接扱えたためで、現代の迫撃砲はストークス・モーターを原型としている。]]></description>
         <link>http://belnom.sdkpch.biz/2009/11/post_52.html</link>
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         <pubDate>Mon, 30 Nov 2009 00:26:37 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>明治宮殿は</title>
         <description><![CDATA[明治宮殿は、御車寄、正殿、東溜、西溜、豊明殿、千種の間、鳳凰の間など、儀式・応接・政務が行われる公の場である表宮殿と、天皇の住居にあたる奥宮殿とが接続していた。表宮殿は木造で、外観は和風建築だが、内部は和風の格天井からシャンデリアを下げるなど和洋折衷とし、椅子とテーブルを用いていた。この明治宮殿は太平洋戦争中の1945年（昭和20年）5月、空襲による飛び火で焼失した。明治宮殿の焼失後、昭和天皇・香淳皇后は、吹上御苑内の御文庫（おぶんこ）を仮の住まいとし、1952年（昭和27年）からは宮内庁庁舎の最上階（3階）を仮の宮殿とした。

戦後、1948年（昭和23年）に宮城の名称は廃止され、皇居と呼ばれるようになった。
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戦後暫くの間、焼失した宮殿の再建は行われなかった。この理由について、昭和天皇の侍従長を務めた入江相政は、自らの著書で「お上（昭和天皇）は戦争終了後、『国民が戦災の為に住む家も無く、暮らしもままならぬ時に、新しい宮殿を造ることは出来ぬ』と、国民の生活向上を最優先とすべしという考えから、戦災で消失した宮殿などの再建に待ったをかけていた」旨のことを記している。

昭和30年代に入って、日本の復興が一段落した頃に宮殿再建の動きが活発となり、1959年（昭和34年）、皇居造営審議会の答申に基づき、翌1960年（昭和35年）から新しい宮殿の造営が始められた。宮殿（いわゆる新宮殿）は、明治宮殿のように天皇の住居（御所）とは接続させず、御所と宮殿を別々に造ることとなった。]]></description>
         <link>http://belnom.sdkpch.biz/2009/11/post_51.html</link>
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         <pubDate>Thu, 26 Nov 2009 01:03:25 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>日本への影響</title>
         <description><![CDATA[朝鮮戦争は、第二次世界大戦終結後アメリカやイギリス、フランスなどを中心とした連合国の占領下にあった日本の政治、経済、防衛にも大きな影響を与えた。

政治的、防衛的には北朝鮮を支援した共産主義国に対抗するため、日本の戦犯追及が緩やかになったり、日本を独立させるためのサンフランシスコ平和条約締結が急がれ、1951年9月8日に日米安保条約と共に締結された。さらに警察予備隊（のちの自衛隊）が創設されたことで事実上軍隊が復活した。これらの事象をまとめて讀賣新聞は「逆コース」と呼んだ。もっとも、日本の再軍備自体は、アメリカ陸軍長官ケネス・ロイヤルが1948年に答申書を提出しており、朝鮮戦争勃発前からほぼ確定していた。
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経済的には、国連軍の中心を担っていたアメリカ軍が武器の修理や弾薬の補給、製造などを依頼したことから、工業生産が急速に伸び好景気となり、戦後の経済復興に弾みがついた。日本では以後、このような状態をさして特需と呼ぶようになる（詳細は朝鮮特需を参照の事）。また、戦火を逃れるために朝鮮半島から様々な方法で日本に流入した難民は20万-40万人とも言われる。その一部は現在も日本に在留しているとみられる。

朝鮮戦争には、第二次世界大戦の終戦以降日本を占領下においていた連合国軍、特に国連軍として朝鮮戦争に参戦していたアメリカ軍やイギリス軍の指示により、日本の海上保安庁の掃海部隊からなる「特別掃海隊」も派遣され、死傷者を出しながら国連軍の作戦遂行に貢献した。]]></description>
         <link>http://belnom.sdkpch.biz/2009/11/post_50.html</link>
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         <pubDate>Tue, 10 Nov 2009 15:11:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>化学物質過敏症</title>
         <description><![CDATA[化学物質過敏症（かがくぶっしつかびんしょう）は、非常に微量の薬物やある種の化学物質の摂取によって健康被害が引き起こされるとする概念。人体の薬物や化学物質に対する許容量を一定以上超えると引き起こされるとされており、個人差が大きいといわれる。化学物質の摂取許容量と同様に、発症原因および症状、その進行･回復速度や度合いも多種多様であるといわれる。未だ、定義、診断方法等の検証が十分とはいえない部分があり、疾患概念自体に疑問を持つむきもある。

1950年代にアメリカの医師セロン・G.・ ランドルフは、化学物質への暴露によって発生する過敏反応の可能性を提唱した。1980年代にマーク・カレンによって「MCS（Multiple Chemical Sensitivity：多種化学物質過敏状態）」という概念が提唱された。これは、慢性または大量の化学物質に曝露された後、極めて微量の化学物質に過敏反応し、多岐にわたる症状を示す疾患であるとされた。その後、同様の概念を提唱する「臨床環境医」と呼ばれる医学研究者を主体に研究が行われてきた。日本では北里研究所病院がMCSの概念を導入し、「化学物質過敏症」として診断方法・治療法の検討が行われてきた。その後、北里研究所病院臨床環境医学センターが設立された。
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化学物質過敏症の症状とされるものは多岐にわたり、粘膜刺激症状 (結膜炎、鼻炎、咽頭炎) 、皮膚炎、気管支炎、喘息、循環器症状 (動悸、不整脈) 、消化器症状 (胃腸症状) 、自律神経障害 (異常発汗) 、精神症状(不眠、不安、うつ状態、記憶困難、集中困難、価値観や認識の変化)、中枢神経障害(痙攣)、頭痛、発熱、疲労感等がある。]]></description>
         <link>http://belnom.sdkpch.biz/2009/10/post_49.html</link>
         <guid>http://belnom.sdkpch.biz/2009/10/post_49.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 30 Oct 2009 15:33:06 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>キャンプ</title>
         <description><![CDATA[キャンプとは、映画・音楽・文学・視覚芸術・ファッション・メーキャップなどあらゆるカルチャーにおいて、その悪趣味あるいは皮肉な価値のために、その中で何かが魅力を持っている美学のこと。

1909年に最初にこの語が現れた時には、けばけばしい・仰々しい・気取った・芝居がかった・なよなよした・同性愛的な行動を指した。しかし1970年代中頃になると、「ひねくれてインテリ受けするほど極端な、陳腐さ・工夫・月並みさ・見せびらかし」と定義されるようになった[1]。アメリカの作家スーザン・ソンタグの1964年のエッセイ『キャンプについてのノート』では、キャンプのキーとなる要素として「人工」「失敗した真面目さ」「通俗性」「愛情」「二重の意味」「ダンディズム」などが挙げられている。
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1960年代の大衆文化の反アカデミックな弁明の一部として、1980年代に、キャンプは芸術・文化におけるポストモダン観を広く取り入れて、大衆性を得るにいたった。キャンプ映画を大衆化した人物に、映画『ヘアスプレー』『ポリエステル』を撮ったジョン・ウォーターズがいる。

LGBTカルチャー（LGBT culture。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーのカルチャー）においては、「キャンプ」を連想させる有名人として、デイム・エドナ・エバレッジ、ディヴァイン、ル・ポール、ボーイ・ジョージ、リベラーチェといった、ドラァグ・クイーンやパフォーマーたちが挙げられる。

キッチュとよく同義語的に使われるが、キッチュは決して皮肉ではない。]]></description>
         <link>http://belnom.sdkpch.biz/2009/10/post_48.html</link>
         <guid>http://belnom.sdkpch.biz/2009/10/post_48.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Oct 2009 00:47:31 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>試料物質に何らかの作用を行って電荷を</title>
         <description><![CDATA[試料物質に何らかの作用を行って電荷を持たせる部位。目的に応じて、EI法、CI法、FD法、FAB法、MALDI法、ESI法など、様々な手法が開発されている。

EI（Electron Ionization、電子イオン化）法は、試料分子、あるいは原子に熱したフィラメントから放出される熱電子を衝突させることでイオン化する方法である。主に1価の正イオンが生成するが、多価イオンの生成も確認される。最も簡単なため気体試料のイオン化法として広く普及しているが、試料がフラグメンテーションしやすいため得られるマススペクトルは複雑になる。適用できる分子量範囲は1～1000程。 
CI（Chemical Ionization、化学イオン化）法は、何らかのガス（メタンなど）を予め EI 法でイオン化しておき、ここに気体試料を導入することで試料分子と予めイオン化したガス分子の間で電荷交換反応を起こし、イオン化する方法である。EI 法にくらべてフラグメンテーションが起こりにくい。 
FD（Field Desorption、電界脱離）法は、試料をひげ状電極（ウィスカー）に塗布し、これを加熱して電圧をかけることで電極先端近傍に高電場を生じさせ、トンネル効果を利用してイオン化する。フラグメントが起こりにくいが、試料は揮発性があるものに限られる。 
FAB（Fast Atom Bombardment、高速原子衝突）法は、試料をマトリックス（グリセリンなど）に混ぜ、ここに高速で中性原子（Ar, Xeなど）を衝突させることでイオン化する方法である。試料を気化する必要が無いため、広範囲の物質に使用できる。適用できる分子量範囲は500～5000程。 
MALDI（Matrix Assisted Laser Desorption Ionization、マトリックス支援レーザー脱離イオン化）法は、試料をマトリックス（芳香族有機化合物など）中に混ぜて結晶を作り、これにレーザーを照射することでイオン化する方法である。タンパク質などの高分子化合物であっても安定にイオン化することができる。適用できる分子量範囲は1～1000000程。 
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ESI（ElectroSpray Ionization、エレクトロスプレーイオン化）法は、主にLC/MSにて使用されるイオン化方法であり、大気圧イオン化(API)法の一種である。試料を溶媒に溶かして高電圧をかけたキャピラリーに導入・噴霧し帯電液滴を形成させ、更にここから溶媒分子を蒸発させることで液滴表面の電荷が表面張力に打ち勝ち液滴が分裂する。これを繰り返していき、最終的にイオンを生成する方法である。MALDI と同じく、高分子量化合物のイオン化に特に優れた特性（多価イオンを生じやすい）を示す。キャピラリーをヒーターにより加熱し噴霧するAPCI法とは異なるが、市販の装置ではイオン化部の交換のみで本体は共用できる場合が多い。もっともソフトなイオン化法の1つである。適用できる分子量範囲は500～1000000程。 
APCI（Atomospheric Pressure Cheimcal Ionization、大気圧化学イオン化）法は、主にLC/MSにて使用されるイオン化方法である。400～500℃の高温加熱によって試料溶液を強制的に気化させた後、コロナニードルの放電を利用してイオンを生成させる方法である。その名が示すように大気圧下でのCIであり、気化した溶媒が反応ガスの役割をする。ESIよりはハードなイオン化法で、フラグメントイオンが若干生成する。低極性～中極性の化合物すなわち順相クロマトグラフィーでの分離が適用されるような化合物のイオン化に適している。 
他にも、ペニングイオン化を利用したDART法や、気相試料にリチウムイオンを付着させるイオン付着法(IA)などの方法が考案されている。

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         <pubDate>Sat, 20 Jun 2009 05:27:31 +0900</pubDate>
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         <title>コミンテルン</title>
         <description><![CDATA[コミンテルン（ロシア語:Коминтернカミンテールン；ラテン文字転写の例:Komintern；英語:Comintern）は、共産主義の国際組織である。1919年3月、モスクワで結成された。この組織は 「世界のブルジョアジーを打倒するために、さらに国家の完全な廃止に向けての過渡的段階としての国際的ソビエト共和国の建設のために軍事力を含むあらゆる可能な手段によって」 戦うことを意図していた[1]。ウラジミール・レーニンがツィンマーヴァルト左派を率い、第一次大戦において各国政府を支援した者たちと対決した1915年のツィンマーヴァルト会議、そして1916年の第二インターナショナル解散後、コミンテルンが結成されている。

別名第三インターナショナル、共産主義インターナショナル、国際共産党。「共産主義のインターナショナル」という意味のコムニスチーチェスキイ・インテルナツィオナール（Коммунистический Интернационал；コミュニスト・インターナショナル（Communist International）の略称。

コミンテルンは、1919年3月から最後となった1935年までに７回のコミンテルン大会を開催している。1928年の時点ではソビエトのメンバーを除くと組織には583,105名のメンバーがいたと推定されている[2]。前身の組織として第一インターナショナル、第二インターナショナルが存在する。

第二インターナショナルは、第一次世界大戦の際、加盟する社会民主主義政党がそれぞれ自国の戦争を支持したために瓦解し、これに反対する諸派がスイスのツィンメルワルトで開いた国際会議がコミンテルンの源流。十月革命後の1919年3月、ボリシェヴィキの呼びかけに応じてモスクワに21カ国の代表が集まり、第一回大会を開いた。
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当初は世界革命の実現を目指し、ボリシェヴィキが各国の革命運動を支援するための枠組として機能した。しかしレーニン死後にスターリンが一国社会主義論を打ち出したことで役割が変わり、各国の共産党がソ連の外交政策を擁護するのが中心になっていった。

1920年代中頃には中国で国民党政権と協調し、共産党が弾圧されても黙認した。

1928年夏のコミンテルン第六回大会ではファシズムと社会民主主義のつながりが強調され「社会ファシズム論」が台頭したが、1930年代前半よりドイツで台頭するナチスに対し、社会ファシズム論に基づいてドイツ社会民主党との対立にあけくれたことは、ナチスの権力獲得を許す一因となった。

1935年のコミンテルン第七回大会では方針転換をはかり人民戦線の戦術を提唱した。スペインやフランスで人民戦線政府が誕生したが、スペインではフランコによる反乱からの内戦で壊滅した。独ソ不可侵条約の成立と第二次世界大戦初期のポーランド分割の結果、人民戦線戦術は放棄された。

第二次世界大戦の勃発に伴って名実ともに存在意義を失い、1943年5月に解散した。

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         <pubDate>Tue, 02 Jun 2009 06:18:43 +0900</pubDate>
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         <title>ローマ・カトリック教会の異端規定</title>
         <description><![CDATA[古代から中世中期までは公会議において、中世後半以降は異端審問などで、異端宣告がしばしばなされた。現在のローマ・カトリック教会においては、「異端」を、教会法の中で、次のように定義している。

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教会法によれば洗礼後、名目上キリスト教徒としてとどまりつつ意識的・意図的に神の意志に対して反対するのが異端であり、これは信仰の諸前提から誤って導き出された神学的誤謬とは区別されなければならない．（新カトリック大事典編纂委員会編、「新カトリック大事典」、1996年） 
今日では異端とは客観的意義に於いては狭義のカトリック教理に反する命題、又主観的意義に於いてはかかる命題の容認、或る天啓的信仰事項として（fide divina）、又は公教的信仰事項として（fide catholica）信ずべき真理の頑固な否定、または真剣な懐疑を指す（教会法　1325条2項）．（上智大学,独逸ヘルデル書肆共編 、「カトリック大辞典」、1940-1942年） 
宗教改革以降のプロテスタント教会でも歴史的に教会会議で異端の排斥を決議したことがある。ルター派とカトリックのアウグスブルクの和議では改革派が、改革派のドルトレヒト会議ではアルミニウス主義が異端として退けられた。

カルヴァン（改革派）も、ヴィエンヌ宗教裁判でその血液循環説でしられるスペイン人のミカエル・セルヴェトゥスを異端として告発したことは有名。セルヴェトゥスは、数学者、解剖学者、医学者で多くの神学論文を著した人文主義者でもあり、三位一体論を否定してリヨンの異端審問所でカトリックから異端判決を受けた後に脱獄、ジュネーヴで捕縛され、カルヴァンの告発により、当時の異端者処刑の通例に従い火刑に処せられた。

今日、プロテスタント教会で「異端」を定義する根拠は、再洗礼派やアルミニウス主義をとる諸教派やルター派や改革派などが超教派の立場から共有できる、ニカイア信条、ニカイア・コンスタンティノポリス信条、カルケドン信条、使徒信条など基本信条からの逸脱である。しかし、それらとの合致が自派の正統性の根拠であると具体的に強く意識していない教会や信徒によっては、単にプロテスタンティズムに反するに過ぎない「聖書のみに基づく信仰からの逸脱」、また、暴力的であるなど明らかな反社会的運動、牧師が教祖的になる、あるいは高額な献金を強要する、継続的に聖書以外からの教義を説教をする、など、本来はカルトの定義に相応しいものが異端の定義であるかのように捉えられている。これは、明らかな聖書からの逸脱であり異端であると今日の彼等が意識するものの代表例が、モルモン教（末日聖徒イエス・キリスト教会）、エホバの証人、統一協会等であり、これらが異端であると同時に破壊的カルトでもあると認識されていることにより、両概念の定義に混同が発生しているものである。

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         <pubDate>Wed, 29 Apr 2009 14:51:21 +0900</pubDate>
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         <title>袁 安（えん あん、? - 92年）</title>
         <description><![CDATA[袁 安（えん あん、? - 92年）は、後漢初期の中国の官僚。字は邵公。汝南郡汝陽（現河南省）の人で、袁安自身を含め4世代で5人の三公を出した後漢時代の名門汝南袁氏の始祖となった。

その祖父袁良は孟子の易を学んだ儒者で、前漢末期の平帝のとき太子舎人となり、光武帝が後漢を興すと成武県（山東省）の令にまで昇った人物で、袁安は祖父から家学の孟子易を学び、儒者として学問に励んだ。確かな名前の伝わっていない袁安の父はおそらく官途についていなかったと考えられ、袁安は若い頃はとくに目立った家ではなかったらしく、はじめ県の功曹をしていたが、西暦60年に孝廉にあげられて官界に入った。

孝廉にあげられたときの逸話として、以下のような話が伝わっている。袁安が官途につかず勉学していたときに大雪があって飢饉になったことがあったが、彼はひとり家に篭って寝ていた。たまたま市中を巡回していた県令が大雪をどけていない家があったので餓死者がいるかもしれないと思って中に入ると、そこは袁安の家であった。なぜ外に出て食料を求めないのかと県令が問うと、袁安は大雪で人はみな困っているのに、自分が外に出て行ったらますます迷惑をかけてしまうと答えた。県令はその悠然とした賢人の態度に感心して孝廉に推薦したのだという。

官界に入った袁安は、いくつかの県の令を歴任して厳明かつ公正な政治をよく行って高い評価を受けた。71年に前年反逆事件を起こした皇族の楚王劉英が除封された直後の楚郡に太守として派遣され、ここで劉英の連座によって郡に捕らえられた多くの人々の裁判を担当したが、反逆荷担に明らかな根拠のみられない者数百名の無罪を上奏し、多くの無実の者を出獄させた。この公正な裁きに感心した明帝によってまもなく中央に召還され、首都洛陽を中心とする地域の行政をつかさどる河南尹に抜擢される。袁安は厳正な統治を行う一方、むやみに人を裁かずに徳治に努めたので10年あまりにわたったその在職中に首都の気風は整然となり、その名は朝廷に重んぜられるようになった。

83年に九卿のひとつ太僕に転じて中央官界に転じ、次いで中央政府の最高官である三公の司空、ついで司徒に就任した。88年に章帝が崩じて幼い和帝が即位すると、和帝の外戚（帝の母の生家）として政府の実権を握った竇氏と対立、竇氏を弾劾する上奏を行ったが、朝廷を支える清流派官僚のリーダーである袁安が罷免されることはなかった。

袁安は竇氏の専権を気に病みつつ、現職の司徒のまま亡くなるが、その後竇氏の政権が打倒されると、袁安の再評価が行われ、その遺児が朗中に取り立てられた。そのうちの一人が三公の司空にのぼった袁敞であり、また別の子袁京の子からは三公の司徒、太尉を歴任した袁湯が出た。袁湯の子からは袁逢・袁隗の2人の三公が輩出し、後漢末の群雄、袁紹と袁術は袁湯の孫である。

なお、墓碑として「袁安碑」という篆書の碑が出土しているが、当時のものであるかは諸説分かれている。

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         <pubDate>Tue, 14 Apr 2009 13:05:36 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>男性語</title>
         <description><![CDATA[男性語（だんせいご）とは、男性特有の言い回しや言葉。男性の友人同士や、学校の同級生など、男性の仲間内では率直でくだけた（あるいは威圧的な、ぶっきらぼうな）印象の強い言葉が好まれる風潮があり、男性語が多用される。かつては女性が男性語を使うことへの抵抗が強く、戦前の新聞などでは女学生の書生言葉が非難されたりしたが、現在では女性が男性語とされた表現を使うこともある。
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日本語の男性語 [編集]
男性語の起源には、侍語や、近世初頭に流行した奴言葉（旗本奴の言葉）や、幕末から明治時代の書生言葉、明治以降の学生言葉、日本軍の言葉などがある。

男性特有の表現としてまずあげられるのが、男性特有の一人称の使用である。『俺』『僕』『わたし』『わし』『おいら』『自分』など口頭での一人称表現が多彩で、『私』（またはくだけた形での『あたし』）一辺倒の女性とは大きく異なる。女性が男性語とされていた表現を使うようになった現在でも、女性が男性一人称を使うことへの抵抗は根強く存在する。（ボク少女を参照）。

二人称は、改まった場所では『あなた』だが、私的な場所では『お前』、『君』、が使われる。軍隊では『貴様』がよく使われた。

三人称は、『あいつ』『奴』『連中』など。

男性特有の語尾表現には『ぜ』『だぜ』『だろ』といったものがある。いずれもやや乱暴な表現であり、目上の人に使うと無作法とされる。また、書生言葉由来の古風な言葉として『たまえ』などがある。

また、動詞の頭に『ぶん』『ぶっ』などの強調語を使う（『ぶん投げる』、『ぶっ叩く』など）。『クソ』『バカ』などの強調語を好んで使う（『クソ暑い』、『バカでかい』など）者もいる。

その他、命令形はぶっきらぼうな形（『～しろ』『～見ろ』など）が率直で男らしいと好まれる傾向もある。呼びかけには『おい』という威丈高な表現が多用される。

名詞では『メシ』などが男性語に相当する。

方言における男性語 
標準語では男性語とされる『俺』『わし』などの表現も、方言では女性も使う地域がある。 
「～じゃないか」を表す関西弁には「やんか」「やんけ」の二通りがあるが、「やんけ」は男性のみが用いる。 
方言によっては性別に関係なく言葉の表現の差がほとんどない場所も多くある。 
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         <pubDate>Mon, 30 Mar 2009 13:30:30 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>厳島</title>
         <description><![CDATA[厳島（いつくしま）は、日本の瀬戸内海にある島である。通称は宮島（みやじま）。広島湾の南西部に位置し、広島県廿日市市に属する。

日本三景のひとつ、いわゆる「安芸の宮島」である。古代から神聖視されていたとされ、江戸時代以来、日本屈指の観光地として栄えてきた。現在では人口1800人余りの島に、年間300万人近い参拝客・観光客が訪れる。

海上に浮かぶ大鳥居と社殿で知られる厳島神社は、平安時代末期に平清盛が厚く庇護したことで大きく発展した。社殿・廻廊ともに国宝（建造物）に指定されている。また数多くの美術工芸品・武具類が奉納されている。中でも清盛が奉納した「平家納経」は、平家の栄華を天下に示すものとして豪華絢爛たる装飾が施されており、日本美術史上特筆すべき作品の一つとされる。厳島神社は1996年に世界遺産に登録された。

「厳島」としては、1934年（昭和9年）より周辺海域を含めた島嶼全域が瀬戸内海国立公園に編入され、自然公園法が定める特別保護区域となっている。1952年（昭和27年）に国の特別史跡及び特別名勝に指定され、弥山の原始林は国の天然記念物にもなっている。

かつて島全体が佐伯郡宮島町と一致していたが、2005年に廿日市市と合併した。

 歴史 [編集]
厳島神社に関連する文献史料については政治史的・文化史的に豊富な研究・考察の実績がある一方、厳島という島そのものの歴史・民俗史については依然として未解明の部分も多い。

先史時代 [編集]
本州に人が住み始めた旧石器時代には、厳島を含む瀬戸内海の島々にも人々が続々と渡ったと考えられている。 広島大学の植物実験所のある厳島北岸の下室浜では、後期旧石器時代のものとみられるナイフ形石器が採集されている[1]。

多々良潟、大江ノ浦、御床浦、大元園地などからは縄文時代後期から弥生時代中期のものとみられる遺跡が見つかっており、出土品は宮島歴史民俗資料館に展示されている。

2004年以降、広島大学による考古学調査が行われ、島の北西岸に位置する大川浦をはじめ、下室浜、御床浦、須屋浦などの大野瀬戸に面した海岸一帯から、縄文～弥生時代の土器や石器が数多く発見されている[2]。
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古代・中古 [編集]
593年（推古天皇元年）、厳島に住む豪族佐伯鞍職により厳島神社が創建されたと伝えられるが、現在の威容を構築したのは、平氏一門の後ろ盾を得た平安時代末期である。

1146年（久安2年）、安芸守に任ぜられた平清盛は、父・平忠盛の事業を受け継いで高野山大塔の再建をすすめていたが、1156年（保元6年）の落慶法要に際し、高野山の高僧に「厳島神社を厚く信奉して社殿を整えれば、必ずや位階を極めるであろう」と進言を受ける。折しも保元の乱・平治の乱と世情は混迷の相を表していたが、平治の乱で源頼朝が捕らえられ、清盛も正三位に列せられると、さっそく厳島神社を寝殿造の様式に造営した。海上に浮かぶ現在の壮麗な様式は、1168年（仁安3年）の大修造によるものである。さらに河内の四天王寺から舞楽を移し入れ、また多くの甲冑や刀剣などの美術工芸品を奉納したが、中でも特筆されるのが絢爛豪華な装飾を施した平家納経（国宝）である。また社領も加増されていった。

清盛の大きな狙いは日宋貿易にあった。父・忠盛は舶来品を院に進呈して朝廷の信を得ており、清盛は一層の貿易拡大を図っていた。博多の湊（日本最初の人工港）や大輪田泊（平氏政権の拠点・摂津国福原の外港。現在の神戸港の一部）を開いて自ら瀬戸内海航路を掌握し、「厳島大明神」は畿内へと通じる航路の守護神ともいえる重要性をもつようになった。呉市の倉橋島と本州の間にある音戸の瀬戸は、清盛が「一晩で」開削させたという伝説が残されているが、このときの航路整備に関連するものである。

清盛の庇護によって京の雅な文化が移入され、後白河上皇・高倉上皇・建春門院・建礼門院ら皇族や貴族が多く社参する一方、上述した貿易航路開拓により、宋の文物ももたらされた。清盛は宋船による厳島参詣も行っている。

考古学的には、先に述べた大川浦や須屋浦から、奈良～平安時代の製塩土器が数多く採集されており、盛んに塩作りが行われていた事が伺える。また大川浦からは、10～12世紀頃のものと見られる八稜鏡が採集され、古代祭祀の場である可能性が指摘されている。



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         <pubDate>Mon, 16 Mar 2009 10:41:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>装甲騎兵ボトムズ</title>
         <description><![CDATA[アストラギウス銀河を二分するギルガメスとバララントの陣営は互いに軍を形成し、もはや開戦の理由など誰もわからなくなった銀河規模の戦争を100年間継続していた。その“百年戦争”の末期、ギルガメス軍の一兵士だった主人公「キリコ・キュービィー」は、味方の基地を強襲するという不可解な作戦に参加させられる。作戦中、キリコは「素体」と呼ばれるギルガメス軍最高機密を目にしたため軍から追われる身となり、町から町へ、星から星へと幾多の「戦場」を放浪する。その逃走と戦いの中で、陰謀の闇を突きとめ、やがては自身の出生に関わる更なる謎の核心に迫っていく。
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キリコ・キュービィー 
声 - 郷田ほづみ 
7月7日生まれ。テレビシリーズ第1話の時点では18歳。ギルガメス軍の「メルキア方面軍」に所属、階級は曹長。一時は第24メルキア方面軍戦略機甲兵団・特殊任務班X-1（通称「レッドショルダー」またの名を「吸血部隊」）にも所属していた。10歳以前の明確な記憶がなく、それを思い出そうとすると発作をおこして苦しみ、暴力的になることもある[2]。過酷な戦いの日々と失意から、人間的な感情が欠落していたものの、フィアナとの邂逅やゴウトたちとの関係が深まるにつれ、少しずつそれを取り戻していく。 
AT操縦技術は“それなりに高い”という程度で、レッドショルダー隊所属以前は大した戦歴も無かった。しかし、ファンタムレディと遭遇し、経験を重ねる内に、戦闘用に創られた「パーフェクトソルジャー（略称：PS）」とたびたび互角の戦いをするまでに成長する。後半では自らの使命[要出典]を知り、覚醒していく。 
終戦直前に参加した謎の作戦でPSを発見し、それが原因で軍から追われる身となる。 
ウド脱出の際、PS（素体）を無意識に「フィアナ」と呼んでしまうが、この謎は最終話で明かされる。 
好きな物は干し肉。嫌いなものはホヤ。酒はサンサ編まで飲んだことがなく、初めて口にした途端に思わず不味いと驚いて噴き出してしまった。作中ではコーヒーを好んで飲んでいたようである。 
腰の銃はAT乗りに使用者の多いバカラ・メタル社製バハウザーM571アーマーマグナム（対AT用徹甲弾を3＋1発装弾）。 
TV版の本編では本人の謎について概要（何者なのか）が知らされるだけにとどまるが、その能力や特異性は後に発表されたOVAで少しずつ明かされてゆく。 
ATは機種を問わずまんべんなく乗りこなすことができるが、「使い慣れているものがいい」という理由から、敵ATを奪って戦う等の状況下以外ではドッグ系ATを好んで使っている。そのためクメン編では傭兵でただ一人、スコープドッグ水上戦仕様（通称マーシィドッグ）に乗る。パーフェクトソルジャー（PS）であるイプシロンと対決するようになると、イプシロンの反応速度に追随するため、ATの運動プログラムをカスタム化した「ミッションディスク」をたびたび使用するようになる。 
ファンタム・レディ（フィアナ） 
声 - 弥永和子（第6話以降）（第3話のみ梨羽雪子） 
ギルガメス軍が作ったPSの1人。年齢不明の謎の女性。組織や軍からは「プロト・ワン」「素体（そたい）」などと呼ばれ、キリコや仲間たちは本編の途中から「フィアナ」と呼んでいる。名の意味は「火」「炎」（Fire）の女性形で、主題歌『炎のさだめ』とOVA『赫奕たる異端』最終回予告の文言はこれに由来する。（本編のクレジットでは3話が「美女」。以降最終回まで「ファンタム・レディ」）。 
ギルガメス、バララントを通じて初のPSとして誕生したが、教育を施される前の「空白の状態」でキリコと出会ったため、キリコの存在が刷り込まれ、彼を慕うようになる。 
PSに不要な感情である「愛」をもってしまったためPSとして欠陥品とされてしまい、クメン編において秘密結社の監視役セルジュ・ボローの死をきっかけに、以降キリコと行動を共にする。 
PSは通常人よりも反射神経等の感覚が研ぎ澄まされ、戦場において著しい戦果をあげる。その生命維持には、希少金属「ヂヂリウム」（から出る放射線）を必要とするとされるが、実はそれは指揮者がPSを心理的に束縛するための欺瞞であった。「禁断症状」とされる筋肉の硬直は、催眠効果により現れるもので、実際に死につながるわけではない。 
TV本編中にはなかったが、後に「PSの寿命は2年間」という設定が『赫奕たる異端』製作時に付加されており、最終回での行動が納得行くものとなっている。TV本編では第1話から最終話ラストシーンまでに約2年が経過しており、この時点でほぼ寿命を迎えていたことになる。 
ブールーズ・ゴウト 
声 - 富田耕生 
ウドの街でキリコが知り合った人物。闇商人を生業にしてきたためメカニック・商売の才能に長け、キリコの父親的な存在でもある。最初はキリコの腕を見込んでバトリングの選手にするつもりだったが、ウド治安警察とキリコの抗争に巻き込まれてキリコに肩入れしていき、最終的にはウドの街の崩壊によってウドでの商売を畳む羽目になる。その後、クメン王国の傭兵部隊基地アッセンブルEX-10に武器類を納入する商売を手がけて成功。傭兵としてアッセンブルEX-10に入ったキリコを助ける。クメン内乱末期の大混乱もしぶとく生き延び、結局キリコには最後の最後まで付き合うことになった。キリコとは損得抜きの良き仲間である。キリコやバニラは「とっつぁん」、ココナは「おやっさん」と呼ぶ。 
小説『孤影再び』の時代ではバニラの商売の相談役となり、悠々自適の隠居生活を送る。 
ココナ 
声 - 川浪葉子 
テレビシリーズ初登場時16歳。ウドの街で“たかり”で身銭を得る浮浪少女で、キリコを巡ってゴウトらと行動を共にする。特にウド編では、キリコを見捨てようとするゴウトやバニラを何度も説得してキリコを助けるなど、重要な働きをした。クメン編ではバーの歌姫もこなすが、『機甲猟兵メロウリンク』の小説版によれば「たのまれグッバイ」以外はからっきしであるらしい。気が強いが少々涙もろい一面もある。キリコに気があったが、フィアナとの仲を見て身を引き、むしろ彼らの力になろうとする。彼女自身は後にバニラと仲良くなる。 
小説『孤影再び』の時代にはバニラと結婚し、三男三女を設けている。 
バニラ・バートラー 
声 - 千葉繁 
ココナ同様、ゴウトと行動を共にする明るい男で、元メルキア軍人。ウドの街ではゴウトと同じく、キリコを使って一儲けをたくらんでいたが、一緒に行動していくうちにキリコを支援するようになる。百年戦争時は軍の優秀なパイロットで、ウド編でも治安警察のヘリを強奪して乗り回していた他、クメンで経営していたバーを焼かれた後には、一時EX-10のヘリのパイロットとして参戦した。 
全体的に重たくシリアスな『ボトムズ』の世界において、ある意味で珍しいタイプの陽気なキャラクターであり、コメディリリーフとして活躍する。演じる千葉繁のアドリブも相まって、作品に一味違った華をそえている。 
小説『孤影再び』の時代ではクメン産の食料品を扱う商売により成功し、交易都市グルフェーの名士となっている。 
ル・シャッコ 
声 - 政宗一成 
巨漢のクエント人傭兵で、クメン王国内戦時にキリコと共に戦った戦友。寡黙で信義に篤い性格。内戦終結後はクエント星に戻っており、クエント編で再登場しキリコと行動を共にする。大柄なクエント人専用のAT、ベルゼルガを駆る。クエント星消滅後は、数少ないクエント人の生き残りとなる。OVA『ビッグバトル』にもゴウト達と共に登場し、キリコを支援する。 

秘密結社関係者
イプシロン 
声 - 上恭ノ介 
秘密結社が創り上げた2人目のPS「プロト・ツー」。PSとしてのアイデンティティーに過剰な誇りを持つなど不安定な部分があり、彼も「欠陥品」気味である。自分の教育係であり同じPSであるプロト・ワンを奪おうとするキリコに激しい憎悪、嫉妬心を抱き、クメン王国内戦以降、再三キリコと銃火を交えるが、惑星サンサにおけるキリコとの最終対決に敗北。専用ATを駆る自分を負かしたキリコは常人ではなくPSであると言い残し、息を引き取る。 
OVA『ザ・ラストレッドショルダー』では覚醒したばかりのイプシロンとキリコが対決しているが、この時キリコは相手がイプシロンであることを知らなかった。 
ギムアール・イスクイ 
声 - 屋良有作 
秘密結社幹部で元ギルガメス軍特務工作部少佐。PSに必要なヂヂリウムを確保するため、死亡したウドの治安警察署長の後任として送り込まれた。そこでファンタム・レディーを巡りキリコたちと争うこととなったが、ウド編のラスト、軍情報部に送り込まれたメルキア降下騎兵部隊の急襲を受け、爆発に巻き込まれ死亡した。 
セルジュ・ボロー 
声 - 緒方賢一 
秘密結社幹部で元ギルガメス軍情報部少佐。劇中の風体やファンタム・レディからは「ボロー司祭」と呼ばれるなど、宗教団体に所属していることが匂わされているが、後のOVA『赫奕たる異端』で、異端者として破門された元マーティアルの一員だったと設定付けられている。ファンタム・レディやイプシロンのお目付け役であり、ウド編及びクメン編でキリコをつけ狙った。クメン編ラストで建材の下敷きになって死亡した。 
アロン・シュミッテル、グラン・シュミッテル 
声 - 野島昭生（アロン）、二又一成（グラン） 
PS製造に関わる双子の技術者で、2人ともオカマ言葉で喋る。キリコとフィアナがクメンを脱出して以降、2人を追撃するイプシロンのテストを行う。のちにアロンはキリコがワイズマンの後継者であることに対する不満を抱き、反乱を企てるがキリコに射殺された。グランはその際に帰順し、クエント星では最後までキリコに従い艦を指揮したが、裂溝部での戦いで撃沈され戦死した。 
アルベルト・キリイ 
声 - 亀井三郎（第1話は緒方賢一） 
秘密結社の最高幹部で元ギルガメス軍少将。クエント編より結社の行動を前線に出て指揮していた。双子に誘導されてクエント星の技術を手に入れようとするなど野心的な面が見られる。ワイズマンからの直接指揮を受ける数少ないメンバーの1人だったが、人工天体内でキリコを後継者に選んだワイズマンにより用済みと判断され処分された。 
クダル・コニン 
声 - キートン山田 
秘密結社の一員で元ギルガメス軍少尉。小惑星リドでのPS素体強奪作戦でAT部隊の指揮を執った。戦後はウド市でバトリング選手をしており、バトリング場のゴロツキたちからも一目置かれる存在であった。バトリング場でキリコを見つけると彼の対戦相手だったボモーと自分を交代させ、ブロウバトルをリアルバトルに変更しキリコ抹殺を図るが、返り討ちにされてしまう。 
チャルク・オリヤ 
声 - 政宗一成 
秘密結社の一員で元ギルガメス軍大尉。かつて教官としてキリコに市街地戦の訓練を施した過去を持ち、リド襲撃作戦にも参加していた。キリコを始末するために、ファイトマネー５０００万ギルダンのリアルバトルをゴウト達に持ちかけ市街地に誘い出す。しかし戦闘の末、キリコに戦闘不能にされ秘密結社について自白を迫られたために、口封じのために治安警察によって始末された。 
シムカス・フットー 
声 - 嶋俊介 
秘密結社の幹部で元ギルガメス軍大佐。サンサ編で戦艦テルタインの艦長として指揮をとっていた。古式なヘルメットとサングラスが特徴。技術にしか関心がない双子と、復讐に燃えるイプシロンの勝手な行動に散々に手を焼かされる。クエント編ではテルタインと共に登場しなくなった。 
キッデル・トガル 
秘密結社の幹部で元ギルガメス軍中佐。第1話冒頭に登場したのみで以後出番が無いが、ゲーム『ライトニングスラッシュ』では、廉価版PSといえる「フェイシャルソルジャー」開発の責任者として登場した。 
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         <pubDate>Thu, 26 Feb 2009 14:21:22 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>梁塵秘抄（りょうじんひしょう）/鹿ケ谷の陰謀</title>
         <description><![CDATA[梁塵秘抄（りょうじんひしょう）は平安時代末期に編まれた歌謡集。今様歌謡の集成。編者は後白河法皇。治承年間（1180年前後）の作。
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後白河法皇は少年のときより、今様と呼ばれる歌謡を好んだ。歌の上手を召して多くの歌謡を知ったが、死後それらが伝わらなくなることを惜しみ、書き留めて本にした。また、歌謡の歴史などについて、別に口伝集十巻を残した。

書名の「梁塵」は、名人の歌で梁の塵も動いたという故事より、すぐれた歌のこと。

伝来
『梁塵秘抄』の名は『徒然草』第十四段に見える。また『本朝書籍目録』に二十巻と書かれている。しかし、近代までは口伝集巻第十が『群書類従』に収められたのみで、他の部分は失われたと考えられていた。

だが明治44年、佐佐木信綱らによって巻第二、巻第一と口伝集巻第一の断片、口伝集の巻第十一～第十四が発見された。大正から昭和にかけて、佐佐木信綱の校訂による本が明治書院と岩波書店から刊行される。したがって『梁塵秘抄』の中の歌が一般に知られたのは比較的新しいことである。

 構成と内容
『梁塵秘抄』はもと本編十巻、口伝集十巻だったとみられている。しかし現存するのはわずかな部分のみである。また、口伝集の巻第十一以降については謎がある

本編
本編は、巻第一の断簡と、巻第二しか知られていない。歌の数は巻第一が21首、巻第二が545首、あわせて566首である。ただし重複があるので実際の数はもう少し減る。巻第一の最初には「長唄10首、古柳34首、今様265首」とあるので、完本であれば巻第一には309首が収められていたことになる。

多くの歌が七五調四句や、八五調四句、あるいはそのバリエーションの調子を持つ。しかし五七五七七の調子もあり、歌の形態は様々である。

『梁塵秘抄』と言えば、

遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ。 
舞え舞え蝸牛、舞はぬものならば、馬の子や牛の子に蹴させてん、踏破せてん、真に美しく舞うたらば、華の園まで遊ばせん。 
の歌が有名だが、数の多くを占めるのは

仏は常にいませども、現（うつつ）ならぬぞあわれなる、人の音せぬ暁に、ほのかに夢に見え給ふ。 
のような法文歌である。また、神社への道行や、風景を歌ったものも多い。現代人好みの歌はそれほどあるわけではない。しかし「遊びをせんとや…」や「舞え舞え蝸牛…」のような童心の歌、あるいは

東屋（あづまや）の妻とも終（つい）に成らざりけるもの故に、何とてむねを合せ初めけむ。 
のように艶っぽいものもある。

口伝集
口伝集は各ジャンルの歌に関して書きつづったものだと考えられている。現存するのは巻第一のほんのわずかと、巻第十、それに巻第十一～第十四のみである。

巻第十一～巻第十四には、実際の歌い方が書かれている。しかし歌い方の伝承は絶え、現在解読は困難である。佐佐木信綱によれば、これらは後白河法皇自らの撰によるものではないという。のちにひとつにされ「口伝集巻第十一」以下の題名を付けられたと考えられている。もしこれが『梁塵秘抄』に加わるとすれば、総数は二十巻以上となり『本朝書籍目録』の記述に矛盾する。

現在発行されている古典全集の多くは巻第十一以降を省き、口伝集の巻第一と巻第十のみを収めている。巻第十一以降を見ることができるのは、一般的には岩波文庫だけである。たしかに巻第十一～第十四の内容は難解であり、全集に収めてもあまり意味がないかもしれない。しかし、解説にさえもこれらに関する記述が一言もなく、岩波文庫版を先に見たものは不自然に感じる。これは巻第十一以降研究の難しさを表しているのかもしれない。

 各巻の内容
 本編
 巻第一
21首のみ残る。

巻第二
545首残る。写本は一冊のみ現存する。

 巻第三～巻第十
欠巻

口伝集
口伝集 巻第一
文庫版にして2ページほどしか残っていない。神楽・催馬楽・風俗・今様の起源について語る。

 口伝集 巻第二～巻第九
欠巻。

娑羅林・只の今様・片下・早歌・初積・大曲・足柄・長歌・田歌などについて書かれていたらしい。

 口伝集 巻第十
撰者、後白河法皇の今様への関わり。いわば今様バカ一代としての後白河法皇の半生記である。十代の頃から今様を好み、昼夜問わず歌いまくり、歌の上手がいると聞けば召して聞き、歌いすぎで三度も喉をつぶしたという。その執心にはあきれるのを通り越して感動さえ覚える。まして、政治的には大変な時代であり、しかもその中心にいた後白河法皇その人の事績であると考えると、驚嘆せざるを得ない。

 口伝集 巻第十一～巻第十四
前述の通り、もとは別の書であったと考えられている。歌い方の心得や、音律や拍子などが記されているようであるが、一般人には（おそらくは専門家でも）解読は難しい。

鹿ケ谷の陰謀
鹿ケ谷の陰謀（ししがたにのいんぼう）は、平安時代の安元3年（1177年）6月に京都で起こった、平家打倒の陰謀事件である。京都、東山鹿ヶ谷（現在の京都市左京区）の静賢法印（信西（藤原通憲）の子）の山荘で謀議が行われたとされ、このように呼ばれる。

安元2年（1176年）後白河法皇は50歳となり、正月から祝いの行事が続いた。平氏一門も法住寺殿の宴に出席して、法皇との親密ぶりを誇示した。しかし6月に建春門院の病状が悪化して、7月8日に死去した。相前後して、高松院（姝子内親王）・六条上皇・九条院（藤原呈子）が亡くなり、政界はにわかに動揺する。

まず母の死により、皇子のいない高倉天皇の立場が不安定となった。成人して政務に関与するようになった高倉天皇と、院政継続を望む後白河の間には対立の兆しがあったが、12月5日の除目において後白河近臣の藤原定能・藤原光能が、平知盛らを超えて蔵人頭に任じられた。後白河院政派の躍進に対する巻き返しとして、翌安元3年（1177年）正月の除目では平重盛が左大将、平宗盛が右大将となった。建春門院という仲介者を失ったことで、人事を巡り高倉を擁する平氏と後白河院を擁する院近臣勢力は相争うことになる。それでも3月14日に、後白河院が千僧供養のために平清盛が滞在している福原を訪れて平氏に好意的態度を示し、亀裂は修復されたかに見えた。

白山事件
ところが、後白河が帰京した3月22日、山門（比叡山延暦寺）の大衆が加賀守・藤原師高の配流を求めて強訴を起こした（白山事件）。発端は西光の子・師高が加賀守となり、目代・師経が白山の末寺・宇河寺を焼いたことに激怒した白山の僧侶が山門に訴えたことだった。国衙の目代と現地の寺社が、寺領荘園の所務を巡り紛争を起こすことは各地で頻発していたが、この事件では白山が山門の末寺で、国司が院近臣・西光の子であることから、中央に波及して山門と院勢力の全面衝突に発展した。

後白河は目代・師経を備後国に流罪にすることで事態を収拾しようとしたが、大衆は納得せず4月12日に神輿を持ち出して内裏に向かう。後白河は強硬策をとり官兵を派遣するが、翌日警備にあたった重盛の兵と大衆の間で衝突が起こり、矢が神輿に当たって死者も出したことから事態はさらに悪化する。大衆は激昂して神輿を放置して帰山、やむなく朝廷は祇園社に神輿を預けて対応を協議した。4月20日、師高の尾張国への配流、神輿に矢を射た重盛の家人の拘禁が決定、大衆の要求を全面的に受諾することで事件は決着する。父親の西光については一時配流が決定された（『愚昧記』4月15日条）が、実際には後白河の取り成しを大衆側が受け入れる形で許されることになった。

山門攻撃準備
直後の4月28日、「太郎焼亡」と称される大火が発生、大極殿および関白松殿基房以下13人の公卿の邸宅が焼失して、人々に衝撃を与えた。このような中で、後白河は突如として先の事件を蒸し返し、5月4日に天台座主明雲の逮捕を検非違使に命じ、翌日には座主職を解任、所領を没官すると5月21日に伊豆国へ配流した。西光が師高の流罪を嘆き、強訴の張本人が明雲であるとして処罰を訴えたことが原因であったという。また、『愚昧記』（5月5日条）によれば、著者の藤原実房が院近臣の藤原光能から先に延暦寺が起こした嘉応の強訴の際に大衆の強訴を明雲が許可していたとの密告があり、その証拠となる文書が届けられたという説明を受けたという。嘉応の強訴で配流された藤原成親は西光の義兄（西光は成親の父である藤原家成の猶子）であった。

ところが、座主の解任と配流に反発する大衆が再度強訴に踏み切るという噂が京中を流れるが、実際には解任と配流の取消を求める使者を派遣して後白河に却下されるに留まった。なお、この時後白河は警備担当者の検非違使山木兼隆に対して強訴の大衆が明雲奪還に向かった際には明雲を即刻斬首せよと命じたとされている（『玉葉』・『愚昧記』・『百練抄』）。5月22日明雲の身柄は伊豆の知行国主であった源頼政の兵に護衛されて京都を出発する。ところが23日に近江国（粟津とも国分寺とも）にて大衆2千人が護送の行列を包囲、明雲の身柄を奪回して比叡山に逃げ込んでしまった。頼政は後白河の叱責を受けるが、先に大衆と戦ったために却って捕らえられた重盛の郎党を目の当たりにしているだけにこれを防ぐ意欲はなかったと考えられている。次いで明雲捕縛に派遣された多田行綱も空しく帰還するだけであった。明雲の奪還と比叡山内への隠匿には全山的な合意があったと考えられ、日本におけるアジール出現の最初の事例とも言われている。

これに激昂した後白河は平重盛・宗盛（この時両名が近衛大将を占めていた）に対して坂本を封鎖して山門（延暦寺）そのものを攻撃するようにという命令を出したのである。驚いた2人は福原にいた父・清盛に判断を仰いだ。容易でない事態と判断した清盛は直ちに上洛し、27日の夜に京都に入った。28日に後白河と会見した清盛は攻撃には消極的で後白河を思いとどまらせようとしたが、後白河に押し切られる形となり、近江・美濃・越前の武士も動員されて攻撃開始は目前に迫った。

陰謀発覚
出撃直前の6月1日、清盛の西八条邸を多田行綱が訪れて平氏打倒の謀議を密告した（『平家物語』、ただし『愚管抄』は清盛が福原を立つ前に行綱と会見していたという）。『愚管抄』によれば、後白河が静賢の鹿ケ谷山荘に御幸した際、藤原成親・西光・俊寛が集まり平氏打倒の計画が話し合われ、行綱が呼ばれて旗揚げの白旗用として宇治布30反が与えられたという（ただし、慈円はこの事件に関する記述については「一定の説は知らねども」と真相を確認した訳ではないとも記している）。また『平家物語』によれば、成親が立ち上がって瓶子（へいじ）が倒れ、後白河が「あれはいかに」と問うと成親が「平氏（瓶子）たはれ候ぬ」と答え、俊寛がそれをどうするか尋ねると西光が「頸をとるにしかず」と瓶子の首を折り割ったという。なお、この会合を比叡山攻撃の方針を確認した会合に過ぎなかったとする見解もある。多田行綱は明雲捕縛に失敗したという行きがかりがあり、会合の目的が延暦寺攻撃・平氏打倒のいずれにしても何らかの軍事行動に加わる立場にあったと推定される。

清盛は直ちに西光を呼び出して拷問にかけ、全てを自供させると首を刎ねた。同じく呼び出された成親も拘束された。成親の妹を妻にしていた重盛は、命だけは助かるようにすると成親を励ましたという（『愚管抄』）。西坂本まで下っていた山門の大衆はこの動きを知ると、清盛に使者を送り敵を討ったことへの感謝を述べて山へ戻っていった。4日、俊寛・基仲・中原基兼・惟宗信房・平資行・平康頼など参加者が一網打尽にされ、5日、明雲が配流を解かれた。9日、尾張に流されていた師高が、清盛の家人の襲撃を受けて惨殺、成親は一旦は助命されて備前国に配流されるが、食物を与えられず殺害されてしまった。

影響
謀議が事実であったかどうかは当時でも疑問視する向きが多く、西光と成親が清盛の呼び出しに簡単に応じていることから、平氏側（清盛）が院近臣勢力を潰すため、もしくは山門との衝突を回避するためにでっち上げた疑獄事件の可能性もある。清盛が狙いをつけたのは院近臣の中核である西光・成親で、後白河には手を下さず福原に引き上げた。後白河は「こはされば何事ぞや、御とかあるべしとも思し召さず」と白を切ったという。また、清盛も後難を恐れて院御所への出仕を拒む諸臣に出仕を命じている（『玉葉』6月3日条）ことから、この時点で後白河への処分を見送ったと考えられている。

延暦寺攻撃という後白河の命令に清盛が抵抗した理由については次の理由が考えられている。当時の人々は神罰や仏罰の存在を真実であると考えられていた。しかも平安京を仏法で守護していると信じられてきた延暦寺を攻撃するともなれば、ただでは済まされず必ず仏罰を受けると思われていた。これは、『平家物語』のこの事件の件において、かつて関白藤原師通が延暦寺大衆の攻撃を命じた仏罰を受けて死亡したという故事を載せていることからも理解可能である。特にそれを命じたのが治天の君であり、「王法」の代表者とされた後白河であったことは、王法と仏法の相互依存によって国家が守護されるという「王法仏法相依」理念の崩壊を意味することにもなりかねない深刻なものであった。実際に攻撃を命じられた清盛の立場からすれば、延暦寺攻撃による因果応報によって自己及び平家一門が仏罰を受けて滅亡するという事態を危惧するのことは十分に考えられ、それを強制的に平家一門に行わせようとした後白河及び院近臣に何らかの意図を疑う余地があったと考えられる[1]。「延暦寺攻撃命令＝平氏一門滅亡の謀略」という発想は、その後の足利義教や織田信長の比叡山焼き討ちの事実を知る後世の人々には突飛に見えても、清盛及びその時代の人々には通用する構図であったと考えられるのである[2]。

一方、重盛は、白山事件で家人が矢を神輿に当てる失態を犯したのに加え、妻の兄が配流されて助命を求めたにも関わらず殺害されたことで面目を失い、6月5日に左大将を辞任した。この結果、宗盛が清盛の後継者の地位を確立した。清盛は山門との衝突を回避し、反平氏の動きを見せていた院近臣の排除に成功したが、清盛と後白河の関係は修復不可能なものとなり治承三年の政変（1179年）へとつながっていく。

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         <pubDate>Tue, 10 Feb 2009 10:36:48 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>スーパーロボット大戦シリーズ</title>
         <description><![CDATA[
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スーパーロボット大戦シリーズ』（スーパーロボットたいせんシリーズ、英:Super Robot Wars）はバンダイナムコゲームスのバンプレストレーベルが販売している家庭用コンピュータゲームのシリーズである。2007年度まではバンプレストが販売していた。

ジャンルはシミュレーションRPG（メーカーがシミュレーションドラマの略で「シミュラマ」と表現したこともある[1]）。略称・通称はスパロボ、SRW。

『マジンガーZ』・『機動戦士ガンダム』に代表される、様々なロボットアニメ作品に登場するロボットとキャラクターによるクロスオーバー作品である。SDにディフォルメされたロボット達により結成されたプレイヤー部隊が、異星人や反体制組織（自軍が反体制組織の場合もある）と戦いながら地球圏に平和を取り戻す様が描かれている。各原作のストーリーを踏襲しつつ独自の展開も混ぜられた物だが、著作権者の許諾を受けて商業ベースで展開し成功を収めている。

元々バンプレストでは初代社長である杉浦幸昌のポピーやバンダイにいた頃の幅広い人脈によって[2]実現したゲーム業界初のクロスオーバー作品であるコンパチヒーローシリーズがすでに展開しており、その一作品として1991年にシリーズ第1作『スーパーロボット大戦』が発売された。その後、独立した本シリーズはコンパチヒーローシリーズが終了した現在も新作が発表され続けており、累計出荷本数は2008年時発表で1300万本を突破している[3]。

シリーズ当初はウィンキーソフトが製作に大きく関わっていたが、1999年発売の『スーパーロボット大戦コンプリートボックス』を最後に製作から離れている。現在はバンプレストの子会社であるバンプレソフトのSR（スーパーロボット）プロデュースチームが製作を担当しており、寺田貴信がプロデューサーを務めている。2008年度からは、バンダイナムコグループのゲーム部門再編により、バンプレストからバンダイナムコゲームスへ発売元が移管された[4]。

本シリーズのヒットにより、過去のロボット作品の知名度が上がり再評価される動きが起きている（『スーパーロボット大戦F』の発売時にはイデオンのプラモデルが再発売されるなどした[5]）。これに対し寺田プロデューサーは「ゲームに登場したことで得た人気を原作に還元するのはスパロボの役目」と語っている[6]。

著作権の問題で海外では発売されていないが（GBAのOG1と2だけがアメリカにリリースされた）、海外にもファンがいて、フランス語でのファンサイト等が存在する。

作品一覧
据え置き機ゲーム機では、ファミリーコンピュータ（FC）・スーパーファミコン（SFC）・セガサターン（SS）・プレイステーション（PS）・NINTENDO64（N64）・ドリームキャスト（DC）・プレイステーション2（PS2）・ニンテンドーゲームキューブ（GC）・Xbox 360（XB360）向けに、携帯ゲーム機では、ゲームボーイ（GB）・ワンダースワン（WS）・ワンダースワンカラー（WSC）・ゲームボーイアドバンス（GBA）・ニンテンドーDS（DS）・プレイステーション・ポータブル（PSP）向けに発売されている。

シリーズ作品

旧シリーズ
スーパーロボット大戦最初のシリーズ。正式なシリーズ名は無いが『α』シリーズ、『OG』シリーズに対して“旧シリーズ”[7]や“DC戦争シリーズ”[8]、“『第○次』シリーズ”[9]と呼称されている。開発はウィンキーソフトが、脚本・演出は主にウィンキーソフト所属の阪田雅彦が手掛けている。その後のスーパーロボット大戦の基礎となったシリーズでもあり、足掛け7年に渡って展開された。

第2次スーパーロボット大戦（FC、1991年12月29日/PS、1999年12月2日 - 『CB』収録作の分売品。/GBA、2004年 - ファミコンミニシリーズ。『GC』購入者を対象とした抽選品。） - 旧シリーズ第1作。 
第2次スーパーロボット大戦G（GB、1995年6月30日） - 『第2次』のリメイク作。 
第3次スーパーロボット大戦（SFC、1993年7月23日/PS、1999年12月22日 - 『CB』収録作の分売品。） - 旧シリーズ第2作。 
スーパーロボット大戦EX（SFC、1994年3月25日/PS、2000年1月6日 - 『CB』収録作の分売品。） - 旧シリーズ第3作。 
第4次スーパーロボット大戦（SFC、1995年3月17日） - 旧シリーズ第4作。 
第4次スーパーロボット大戦S（PS、1996年1月26日） - 『第4次』の移植+α。キャラクターに初めて音声が付いた作品。 
スーパーロボット大戦外伝 魔装機神 THE LORD OF ELEMENTAL（SFC、1996年3月22日） - 魔装機神 THE LORD OF ELEMENTALのゲーム化作品。『第2次』の前日談と『第4次』の後日談の2部構成。 
スーパーロボット大戦F（SS、1997年9月25日/PS、1998年12月10日） - 『第4次』のリメイク作。 
スーパーロボット大戦F完結編（SS、1998年4月23日/PS、1999年4月15日） - 未完に止まった『F』の完結作。 
全スーパーロボット大戦 電視大百科（PS、1998年10月29日） - 旧シリーズのデータ集。 
スーパーロボット大戦コンプリートボックス（PS、1999年6月10日） - 『第2次』・『第3次』・『EX』のリメイク版のコンピレーション+ファンディスク。 

αシリーズ
旧シリーズに次ぐ新世代のスーパーロボット大戦シリーズ。それまでの過去作品での反省点や、ユーザーからの意見を元に大幅な刷新が行われ、その結果、物語性が高まり、戦闘演出にも力を入れた娯楽性や、キャラクターゲームとしての側面を強く打ち出したシリーズに仕上がっている。第1作『α』は1991年から約10年間に渡るスパロボの集大成的な意味合いも含んでおり、製作サイド側の努力も相まってシリーズ史上最高の売り上げを記録した。開発はバンプレソフト。脚本・演出は主にプロデューサーである寺田貴信が手掛けている。足掛け5年に渡って展開された。寺田プロデューサーが後に語った所によると、当初は『α外伝』を除いた3部作構想だったという（『α外伝』の概要を参照）。

スーパーロボット大戦α（PS、2000年5月25日） - αシリーズ第1作。 - この作品からは戦闘シーンのロボットがアニメーションするようになった。 
スーパーロボット大戦α for Dreamcast（DC、2001年8月30日） - PS版と同時に開発され、戦闘アニメが初めて3Dで描かれた作品。 
スーパーロボット大戦α外伝（PS、2001年3月29日） - αシリーズ第2作。 
第2次スーパーロボット大戦α（PS2、2003年3月27日） - αシリーズ第3作。 
第3次スーパーロボット大戦α 終焉の銀河へ（PS2、2005年7月28日） - αシリーズ第4作。 

OGシリーズ
版権作品ではなく、過去のスパロボ作品に登場したオリジナルキャラクターによるクロスオーバー作品シリーズ。

スーパーロボット大戦ORIGINAL GENERATION（GBA、2002年11月22日） - OGシリーズ第1作。 
スーパーロボット大戦ORIGINAL GENERATION2（GBA、2005年2月3日） - OGシリーズ第2作。 
スーパーロボット大戦OG ORIGINAL GENERATIONS（PS2、2007年6月28日） - 『OG1』・『OG2』の移植に、新エピソードやOVA・シネマCDの内容を追加したリメイク作品。 
スーパーロボット大戦OG外伝（PS2、2007年12月27日） - OGシリーズ第3作の『OG2.5』+ファンディスク。 
無限のフロンティア スーパーロボット大戦OGサーガ（DS、2008年5月29日） 

単独作品

任天堂携帯機シリーズ
ゲームボーイアドバンス以後の、任天堂製携帯ゲーム機で発売されたシリーズ。シナリオに繋がりは無く、全て独立した作品となっている。購買層として主に中高生をターゲットとしており[10]、タイトルの最後にアルファベット一文字がつくのが特徴。開発はバンプレソフトやエーアイ。

スーパーロボット大戦A（GBA、2001年9月21日） 
スーパーロボット大戦i（FOMA900ix用iアプリ、2006年2月6日） - 『A』の移植作+α。 
スーパーロボット大戦A PORTABLE（PSP、2008年6月19日） - 『A』のリメイク作+フルボイス化。 
スーパーロボット大戦R（GBA、2002年8月2日） 
スーパーロボット大戦i（FOMA900ix用iアプリ、2007年12月17日） - 『R』の移植作+α。 
スーパーロボット大戦D（GBA、2003年8月8日） 
スーパーロボット大戦J（GBA、2005年9月15日） 
スーパーロボット大戦W（DS、2007年3月1日） 
スーパーロボット大戦K（DS、2009年4月2日発売予定） 

COMPACTシリーズ
ワンダースワンで発売されたシリーズ。他のシリーズとは異なるシステムを多数採用している。連番にはなっているが、『COMPACT2』の3部作を除きシナリオに繋がりは無く、全て独立した作品となっている。開発はトーセ。

スーパーロボット大戦COMPACT（WS、1999年4月28日） 
スーパーロボット大戦COMPACT for WonderSwanColor（WSC、2001年12月13日） - 『COMPACT』のカラー化+α。 
スーパーロボット大戦COMPACT2 
スーパーロボット大戦COMPACT2 第1部:地上激動編（WS、2000年3月30日） - 『COMPACT2』3部作第1作。 
スーパーロボット大戦COMPACT2 第2部:宇宙激震編（WS、2000年9月14日） - 『COMPACT2』3部作第2作。 
スーパーロボット大戦COMPACT2 第3部:銀河決戦編（WS、2001年1月18日） - 『COMPACT2』3部作第3作。 
スーパーロボット大戦IMPACT（PS2、2002年3月28日） - 『COMPACT2』3部作をまとめたリメイク作。ただし公式にリメイクである旨は発表されていない。 
スーパーロボット大戦COMPACT3（WSC、2003年7月17日） 

Scramble Commanderシリーズ
システムにリアルタイムストラテジーを採用し、ロボットがリアルサイズの3Dで描かれている従来のスパロボとは全く異なるシリーズ。連番にはなっているが、シナリオに繋がりは無く、全て独立した作品となっている。開発はベックおよびエヌケーシステム。

スーパーロボット大戦Scramble Commander（PS2、2003年11月6日） 
スーパーロボット大戦Scramble Commander the 2nd（PS2、2007年11月1日） 
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         <pubDate>Sat, 24 Jan 2009 11:45:18 +0900</pubDate>
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